境内を巡る
PRECINCT GUIDE
弁天堂。鉄筋コンクリート造りで、昭和58年(1983)3月に再建された。
弁天山べんてんやま
江戸の名鐘「時の鐘」
本堂南東にある小高い丘は、弁財天を祀る弁天堂が建つことから弁天山と呼ばれる。弁財天は池中の小島に祀られることが多いが、弁天山もかつては池の中にあった。現在、池は埋め立てられて公園となっている。
弁財天は七福神のなかの唯一の女神である。弁天堂のご本尊は白髪であるため、「老女弁天」と通称されている。この弁財天は神奈川県藤沢市の江ノ島弁天、千葉県柏市の布施弁天と並んで「関東の三弁天」として名高い。弁財天は、十二支の「巳の日」が縁日で、この日は弁天堂の扉が開かれて法要が営まれる。
弁天堂に向かって右手に鐘楼があり、そこに掛けられている鐘は「時の鐘」である。鐘は元禄5年(1692)に五代将軍徳川綱吉の命により改鋳され、江戸の市中に時を告げていた鐘のひとつ。深川に居を構えていた松尾芭蕉が「花の雲 鐘は上野か 浅草か」という句を詠んでいる。
戦時中、多くの寺の鐘が供出を余儀なくされたなかで、弁天山の「時の鐘」は特に由緒がある鐘ということで残された。現在も毎朝6時に役僧によって撞かれており、大晦日には新年を告げる「除夜の鐘」が鳴らされる。
建立 | 本堂の東南方の弁天山と呼ばれる小丘の上に建つ。鉄筋コンクリート造り、昭和58年(1983)3月再建。 |
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本尊 | 老女弁財天 小田原北条氏の信仰が篤かった。関東三弁天の一つ(他に神奈川県藤沢市の江の島・千葉県柏市の布施)。 |
ご縁日 | 巳の日の午前10時、午後2時 弁財天供養法と法楽 |
梵鐘 | 元禄5年(1692)5代将軍徳川綱吉の命により改鋳された。都指定文化財。 龍頭鐘身総高2.12m・口径1.16m 江戸時代の「時の鐘」 |
鐘楼 | 昭和25年(1950)5月再建 入母屋造り (現在は、毎朝6時及び年末の除夜の鐘のみ点打) 芭蕉の句「花の雲 鐘は上野か 浅草か」で有名な鐘である。 |